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建物賃料債権差押えと当該建物の任意譲渡(建物所有者変更)との関係

  • @lawyer.hiramatsu
  • 9月21日
  • 読了時間: 10分

 今回は、以下のような設例について検討します。


 設例

 私たち管理組合(X)は、滞納区分所有者(A)に対する管理費等支払請求の判決(債務名義)に基づいて、Aが第三債務者(Z)に対し有する賃料債権の差押えをし、暫くは第三債務者(Z)から差押債権の取立てができていました。
 ところが、Aはその建物をYに譲渡し(Yへの所有権移転登記も了し)、賃貸人の地位はYへと移転しました(民法605条の2第1項)【※1】。
 Yは、Xに対し、自分(Y)がZから賃料の支払を受けられると主張しています。
 このような場面において、Xは、Yへの所有権移転後に発生する賃料に対しても差押えの効力が及んでいると主張できるのでしょうか。

 【※1】民法605条の2

(不動産の賃貸人たる地位の移転)
第605条の2 前条、借地借家法(平成3年法律第90号)第10条又は第31条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する。
2 前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。
3 第1項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。
4 第1項又は第2項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第608条の規定による費用の償還に係る債務及び第622条の2第1項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。

■ はじめに(問題の所在)


 賃料等の「継続的給付に係る債権の差押えの効力は、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、差押えの後に受けるべき給付に及ぶ」(民事執行法151条)ことになりますので、賃借人が債権差押命令の送達を受けると、以降、賃借人は、賃貸人に対し、それを弁済することはできません(民事執行法145条1項後段)【※2】。

 賃借人は、取立権(民事執行法155条)【※3】を行使する差押債権者にそれを支払うか、または権利供託(民事執行法156条1項)をすることによって、その債務の弁済の効果(免責)を受けることになります。

 他方、債権差押命令は、賃貸建物所有権の譲渡を禁止するものではありませんので、債務者が所有建物を譲渡すること自体は可能です。

 設例の事案では、建物の賃貸人の地位は新所有者Yに移転しているといえます。そのため、本件のYは、自分(Y)が賃借人Zから賃料を収受することができると主張しているのでしょう。

このようなYの主張は認められるでしょうか。建物賃料債権差押えと建物所有権譲渡との関係が問題となります。


 【※2】民事執行法145条

(差押命令)
第145条 執行裁判所は、差押命令において、債務者に対し債権の取立てその他の処分を禁止し、かつ、第三債務者に対し債務者への弁済を禁止しなければならない。
2 差押命令は、債務者及び第三債務者を審尋しないで発する。
3 差押命令は、債務者及び第三債務者に送達しなければならない。
4 裁判所書記官は、差押命令を送達するに際し、債務者に対し、最高裁判所規則で定めるところにより、第153条第1項又は第2項の規定による当該差押命令の取消しの申立てをすることができる旨その他最高裁判所規則で定める事項を教示しなければならない。
5 差押えの効力は、差押命令が第三債務者に送達された時に生ずる。
6 差押命令の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができる。
7 執行裁判所は、債務者に対する差押命令の送達をすることができない場合には、差押債権者に対し、相当の期間を定め、その期間内に債務者の住所、居所その他差押命令の送達をすべき場所の申出(第20条において準用する民事訴訟法第110条第1項各号に掲げる場合にあつては、公示送達の申立て。次項において同じ。)をすべきことを命ずることができる。
8 執行裁判所は、前項の申出を命じた場合において、差押債権者が同項の申出をしないときは、差押命令を取り消すことができる。

 【※3】民事執行法155条

(差押債権者の金銭債権の取立て)
第155条 金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から1週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。
2 差し押さえられた金銭債権が第152条第1項各号に掲げる債権又は同条第2項に規定する債権である場合(差押債権者の債権に第151条の2第1項各号に掲げる義務に係る金銭債権が含まれているときを除く。)における前項の規定の適用については、同項中「1週間」とあるのは、「4週間」とする。
3 差押債権者が第三債務者から支払を受けたときは、その債権及び執行費用は、支払を受けた額の限度で、弁済されたものとみなす。
4 差押債権者は、前項の支払を受けたときは、直ちに、その旨を執行裁判所に届け出なければならない。
5 差押債権者は、第1項の規定により金銭債権を取り立てることができることとなつた日(前項又はこの項の規定による届出をした場合にあつては、最後に当該届出をした日。次項において同じ。)から第3項の支払を受けることなく2年を経過したときは、同項の支払を受けていない旨を執行裁判所に届け出なければならない。
6 第1項の規定により金銭債権を取り立てることができることとなつた日から2年を経過した後4週間以内に差押債権者が前2項の規定による届出をしないときは、執行裁判所は、差押命令を取り消すことができる。
7 差押債権者が前項の規定により差押命令を取り消す旨の決定の告知を受けてから1週間の不変期間内に第4項の規定による届出(差し押さえられた金銭債権の全部の支払を受けた旨の届出を除く。)又は第5項の規定による届出をしたときは、当該決定は、その効力を失う。
8 差押債権者が第5項に規定する期間を経過する前に執行裁判所に第3項の支払を受けていない旨の届出をしたときは、第5項及び第6項の規定の適用については、第5項の規定による届出があつたものとみなす。

■ 回答(結論)


 設例の事案については、最判平成10年3月24日【※4】が判示するように、建物譲受人(Y)は、建物の賃料債権を取得したことを差押債権者(X)に対抗することができません。つまり、本件のYの主張は認められません。


 【※4】最高裁平成10年3月24日判決(要旨)

 自己の所有建物を他に賃貸している者が第三者に右建物を譲渡した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するが、建物所有者の債権者が賃料債権を差し押さえ、その効力が発生した後に、右所有者が建物を他に譲渡し賃貸人の地位が譲受人に移転した場合には、右譲受人は、建物の賃料債権を取得したことを差押債権者に対抗することができないと解すべきである。けだし、建物の所有者を債務者とする賃料債権の差押えにより右所有者の建物自体の処分は妨げられないけれども、右差押えの効力は、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、建物所有者が将来収受すべき賃料に及んでいるから(民事執行法151条)、右建物を譲渡する行為は、賃料債権の帰属の変更を伴う限りにおいて、将来における賃料債権の処分を禁止する差押えの効力に抵触するというべきだからである。

■ 補足:賃借人(Z)の対応について


 法的には上記のとおりなので、設例のZ(賃借人)は、差押債権者Xの取立てに応じればよいことになります。

 もっとも、Zの立場からすれば、XとYとの争いに巻き込まれたくないとして、権利供託(民事執行法156条1項)【※5】することもあり得るでしょう。

 権利供託された場合には、執行裁判所による配当等手続が行われることになりますが、設例の事案においては、Xが弁済金の交付を受けられることになります。


 【※5】民事執行法156条

(第三債務者の供託)
第156条 第三債務者は、差押えに係る金銭債権(差押命令により差し押さえられた金銭債権に限る。以下この条及び第161条の2において同じ。)の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託することができる。
2 第三債務者は、次条第1項に規定する訴えの訴状の送達を受ける時までに、差押えに係る金銭債権のうち差し押さえられていない部分を超えて発せられた差押命令、差押処分又は仮差押命令の送達を受けたときはその債権の全額に相当する金銭を、配当要求があつた旨を記載した文書の送達を受けたときは差し押さえられた部分に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託しなければならない。
3 第三債務者は、第161条の2第1項に規定する供託命令の送達を受けたときは、差押えに係る金銭債権の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託しなければならない。
4 第三債務者は、前3項の規定による供託をしたときは、その事情を執行裁判所に届け出なければならない。

■ 応用問題(賃貸人の地位と賃借人の地位が同一人に帰属した場合)

 

 仮に、上記設例のA(建物所有者兼賃貸人)が、Z(賃借人)に対し、当該建物を譲渡した場合にはどうなるのでしょうか。

 その場合には、賃貸人の地位と賃借人の地位が同一人(Z)に帰属することになるため、賃貸借契約関係は終了します。つまり、差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなりますので、原則として(特段の事情がない限り)、差押債権者(X)は、Zから、当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることはできなくなります(最高裁平成24年9月4日判決)【※6】。


 【※6】最高裁平成24年9月4日判決

 賃料債権の差押えを受けた債務者は、当該賃料債権の処分を禁止されるが、その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは、差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなる。したがって、賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は、その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても、賃貸人と賃借人との人的関係、当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして、賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り、差押債権者は、第三債務者である賃借人から、当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。

■ おわりに


 設例の事案は、債務名義に基づく賃料債権差押え後に当該建物が任意譲渡されたケースです。

 では、債務名義に基づく賃料債権差押えの後に、当該建物(不動産)競売(売却)によって建物所有権が移転した場合はどうなるでしょうか。競売による買受人(新所有者)は、賃料債権差押債権者に対抗できないのでしょうか。


 この問題については、当該建物の競売(売却)によって消滅してしまう抵当権(民事執行法59条)【※7】との関係が影響してくることになります。

 具体的には、債権差押命令の第三債務者への送達時期と、抵当権設定登記時期との先後関係で結論が変わってくるといえます(野山宏・最高裁判所判例解説民事篇(平成10年度)330頁参照)。この問題については改めて検討することとします。


 【※7】民事執行法59条

(売却に伴う権利の消滅等)
第59条 不動産の上に存する先取特権、使用及び収益をしない旨の定めのある質権並びに抵当権は、売却により消滅する。
2 前項の規定により消滅する権利を有する者、差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない不動産に係る権利の取得は、売却によりその効力を失う。
3 不動産に係る差押え、仮差押えの執行及び第1項の規定により消滅する権利を有する者、差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない仮処分の執行は、売却によりその効力を失う。
4 不動産の上に存する留置権並びに使用及び収益をしない旨の定めのない質権で第2項の規定の適用がないものについては、買受人は、これらによつて担保される債権を弁済する責めに任ずる。
5 利害関係を有する者が次条第1項に規定する売却基準価額が定められる時までに第1項、第2項又は前項の規定と異なる合意をした旨の届出をしたときは、売却による不動産の上の権利の変動は、その合意に従う。



 
 
 

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