今回は以下のような質問について検討します。
当社(X)は、建築後3年位経過している1棟の建物を、前所有者(会社)との売買により取得しました。売買時の建物は築3年位でしたが、その後3年位(つまり建築後6年位)経って、外壁タイルに浮きや剥離が発生しました。本件建物は、前所有者とY(請負人)との間の建築請負契約に基づいて建築されたものです。前所有者とYとの請負契約において、瑕疵担保期間は引渡後2年間とする旨が合意されていますので、Yの契約責任(瑕疵担保責任)を追及することは難しそうです。
当社(X)がYに対し不法行為に基づく損害賠償請求をすることはできますか。なお、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効(民法724条)の点は問題ありません。
■ 回答
X所有の本件建物は、Yの施工により建築されていますので、以下の要件に該当すれば、XからYに対する不法行為に基づく損害賠償請求が認められる余地はあります。なお、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の意義(詳細)については【※1】に記載します。
1 Xの権利ないし法律上保護される利益の存在
2 Yが「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」【※1】が存在しないようにする注意義務に違反したことにより、本件建物に基本的な安全性を損なう瑕疵が生じたこと
3 Xの損害(その発生と額)
4 上記2(Yの注意義務違反による瑕疵)と上記3(Xの損害)との因果関係
【※1】「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の意義について(最高裁平成19年7月6日判決、最高裁平成23年7月21日判決、東京高裁令和6年3月25日判決参照)
建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等、様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると、建物の建築に携わる設計・施工会社等は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当であり、設計・施工会社等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工会社等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うものと解される。
そして、上記の「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい、建物の瑕疵が、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず、当該瑕疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には、当該瑕疵は、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するものと解される。
■ 注意点
不法行為に基づく損害賠償請求である以上、不法行為の要件を充たす必要があります。
Xとしては、「建物の基本的な安全性を損なう瑕疵」が存在することを立証するだけではなく、それがYの注意義務違反により生じたこと、その注意義務違反による瑕疵とXの損害との因果関係も立証する必要があります。
一般的に、Yの注意義務違反を立証していくことは容易ではありません。
また、同じ事実関係を前提にしても、裁判所によって結論が異なることもあります。
例えば、東京地判令和4年3月23日とその控訴審である東京高判令和6年3月25日を比較してみても、前者(原審)では損害額として約1818万円が認められていますが、後者(控訴審)では約281万円が認められるにとどまっています。このような結論の違いは、施工者の「注意義務違反」に関する判断の違いも影響しているといえます(【※2】【※3】参照)。
ちなみに、東京地判令和4年3月23日においては、張付けに先立つ下地処理の一環として、「躯体コンクリートに凹凸を設けるために、既に開発され、実用化されている工法を用いて目荒し等を施」すべき注意義務を負っていたと判断されていますが、東京高判令和6年3月25日では、「1審被告において、躯体コンクリートに凹凸を施すために目荒らし又はこれに準ずる代替措置を講ずるべき注意義務があったものと認めることはできない」と判断されています。
【※2】東京地判令和4年3月23日の判断
被告は、本件建物の外壁タイルを張り付ける工事を下請業者に施工させるに当たり、①張付けに先立つ下地処理の一環として、躯体コンクリートに凹凸を設けるために、既に開発され、実用化されている工法を用いて目荒し等を施し、また、②目地(耐震スリット)を完全に跨ぐ形で外壁タイルを張らないよう、元請業者として、下請業者を管理すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったというべきである。
【※3】東京高判令和6年3月25日の判断
1審被告による外壁タイルの張付け工事に施工については、耐震スリットをまたぐ形でタイルを張り付けたことが「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」であると認められ、1審被告には、このような瑕疵を生じさせたことについて注意義務違反があるものと認められる。
なお、外壁タイルの瑕疵と施工者の不法行為責任に関しては、本稿で挙げた裁判例のほか、判例タイムズ1438号48頁の「外壁タイルの瑕疵と施工者の責任」(大阪民事実務研究会)も参考になります。
Comments