今回は以下のような質問について検討します。
当社(賃貸人)は、個人(賃借人)との間で居住用の普通建物賃貸借契約を締結しています。契約期間を2年間とし、契約を更新する場合には、合意更新又は法定更新のいずれの場合においても、更新料として賃料の1か月分及び更新事務手数料として賃料の0.5か月分を賃借人から賃貸人に支払う旨を合意しています。もちろん、その旨は賃貸借契約書にも明記されています。
ところが、期間満了時の契約更新に際し、賃借人から「更新事務手数料は支払わない」と言われています。
当社は、賃借人に対し、更新事務手数料を請求できますか。
■ 検討
まず、ご質問の契約については消費者契約(消費者契約法2条3項参照)に該当すると解されますので、借地借家法の適用のほか、消費者契約法の適用(消費者契約法10条)【※1】にも留意する必要があります。
また、賃貸人としては、法定更新の際にも発生するとされる「更新事務手数料」の趣旨について説明できる必要があるでしょう。ちなみに、更新料を「賃料の1.5か月分」とするのではなく、「更新料を賃料の1か月分、更新事務手数料を賃料の0.5か月分」とした理由は何でしょうか。
今回は、更新料の支払については争いとなっていないようですが、一応、更新料の支払義務に関する最高裁平成23年7月15日判決【※2】もご参考にしてください。
その他、ご質問の契約の背景事実も問題となり得ますが、とりあえず、参考となる裁判例(東京地裁令和3年1月21日判決)を紹介しておきます。当該判決の更新事務手数料に関する部分の「事案」を簡単に説明し、「前提事実」及び「当事者の主張」を整理した上で、「裁判所の判断」を紹介します。赤文字部分は、筆者において重要と考えた部分です。
■ 東京地裁令和3年1月21日判決(出典:ウエストロー・ジャパン)
(1)事案
建物の賃貸人から賃借人に対し、建物賃貸借契約の法定更新時の更新事務手数料が未払であると主張して、更新事務手数料等の支払を求めた事案
(2)前提事実
ア 賃貸人と賃借人は平成26年11月22日、下記(ア)(イ)(ウ)の内容を含む賃貸借契約を締結した。
(ア)賃料:月額7万9000円
(イ)賃貸借期間:平成26年11月22日から平成28年11月21日まで。ただし、期間満了の2か月前までに、賃貸人及び賃借人は、協議の上、本件賃貸借契約を更新することができる。
(ウ)本件更新料等条項
a 本件契約書の冒頭には物件の表示や賃料等に関する表が記載され、同表中には、更新料は新賃料の1か月分であり、更新事務手数料は新賃料の0.5か月分である旨が記載されている。
b 本件契約書2条には、本件賃貸借契約を更新する場合、賃借人は、賃貸人に対し「標記「更新諸費用」」を、合意更新又は法定更新のいかんに関わらず支払う旨が記載されている。
c 本件契約書3条3項及び同条4項には、賃借人は、「更新諸費用」の支払を怠った場合、賃貸人に対し、年14.6%の遅延損害金を支払うものとし、その起算日は、更新後の契約開始日とする旨が記載されている。
イ 賃貸人と賃借人は、平成28年11月20日、本件賃貸借契約を同月22日から平成30年11月21日まで更新する旨の合意をした(本件合意更新)。賃貸人及び賃借人は、平成28年11月20日付けで、更新料及び更新事務手数料の支払に関し下記(ア)(イ)の内容を含む更新用の賃貸借契約書(更新契約書)を取り交わした。
(ア)平成30年11月21日までに、相手方と協議の上、本件賃貸借を更に更新することができる。その際の更新料は新賃料の1か月分である7万9000円とし、更新事務手数料は3万9500円とする。
(イ)賃借人は、法定更新の場合であっても、期間満了後もなお継続して本件物件を賃借する場合、更新料の支払義務がある。なお、更新契約書に記載のない事項については原契約のとおりとする。
ウ 賃借人は、平成28年11月21日、賃貸人に対し、本件合意更新に際し、本件更新料等条項に基づき、更新料及び更新事務手数料を支払った。
エ 賃貸人及び賃借人間において、平成30年11月21日の本件賃貸借契約の期間満了に当たり、更なる契約更新の合意は成立しなかったが、同契約は法定更新され、賃借人は、その後も本件物件での居住を続けた(本件法定更新)。
オ 賃貸人は、本件法定更新に先立ち、合意更新を前提とする更新用の賃貸借契約書のひな形を作成して賃借人に対して郵送した。賃借人は、本件法定更新に当たり、賃貸人があっせんした保険会社の保険ではなく、自身の希望する保険に加入をしたため、賃貸人は、従前の契約の際に賃借人が加入していた保険の解約手続を行った。
カ 賃借人は、平成31年4月7日、本件賃貸借契約を解約する旨を賃貸人に対して通知し、同年5月5日、本件物件を賃貸人に明け渡し、本件賃貸借契約は、同月末をもって終了した。
(3)当事者の主張
ア 賃借人側の主張の要旨
賃貸人は、本件法定更新に際し更新事務手数料として徴求する程の費用が生ずる事務があったとはいえない。本件法定更新に関し、更新料に加えて、更新事務手数料の支払義務が発生する旨及びその支払を怠った場合に年14.6%の割合による遅延損害金が発生する旨を定める本件更新事務手数料条項は、消費者契約法10条により、又は暴利行為に該当し、無効である。
イ 賃貸人側の主張の要旨
賃貸人は、法定更新の場合であっても、賃借人に対し、契約期間満了日の2か月以上前に賃貸借契約の更新について案内し、更新用の契約書を作成して提供すること等を予定しており、これらの更新事務は、結果的に合意更新ができなかった場合であっても生じることとなることを考慮し、法定更新の場合にも当該更新事務の費用である更新事務手数料を賃借人が負担することを規定している。本件法定更新に際しても、賃貸人は、上記事務を現に行った。
賃貸人及び賃借人は、本件賃貸借契約を締結する際、更新料及び更新事務手数料の支払につき明確に合意しており、本件合意更新時においても、法定更新の場合にも更新料及び更新事務手数料を支払うという従前の合意を踏襲することを明確に合意した。法定更新の場合に賃借人が家賃の0.5か月分の更新事務手数料を負担するとの本件更新事務手数料条項は、取引社会において一般的に通用する内容であり、その金額が特に不当に高額であるというわけでもないから、遅延損害金に関する定めも含めて、消費者契約法10条に違反せず、また、暴利行為にも該当しない。
(4)裁判所の判断(赤文字部分は、筆者において重要と考えた部分)
ア 本件更新料等条項の合意過程について
賃貸人及び賃借人は、本件賃貸借契約を締結する際に本件契約書を取り交わしているところ、本件契約書の冒頭には物件の表示や賃料等に関する表が記載され、同表中には、更新料は新賃料の1か月分であり、更新事務手数料は新賃料の0.5か月分である旨が記載されており、また、本件契約書2条には、本件賃貸借契約を更新する場合、賃借人は、賃貸人に対し、「標記「更新諸費用」」を、合意更新又は法定更新のいかんに関わらず支払う旨が記載され、さらに、本件契約書3条3項及び同条4項には、賃借人は、「更新諸費用」の支払を怠った場合、賃貸人に対し、年14.6%の遅延損害金を支払うものとし、その起算日は、更新後の契約開始日とする旨が記載されている。
上記の本件契約書の記載のうち、本件契約書2条に記載されている「標記「更新諸費用」」が、本件契約書の冒頭の表中の更新料及び更新事務手数料を指すことは明らかであることを考慮すると、賃貸人及び賃借人は、合意更新であるか法定更新であるかを問わず、本件賃貸借契約を更新する場合には、上記金額の更新料及び更新事務手数料を支払う旨を、一義的かつ具体的に規定された契約書を取り交わすことにより合意したものと認められる。そして、賃貸人及び賃借人が本件合意更新の際に取り交わした更新契約書には、期間満了後に更なる合意更新を行う場合、賃借人が賃貸人に対して更新料として新賃料の1か月分である7万9000円を支払い、更新事務手数料として3万9500円を支払う旨が記載されていることに加え、賃借人は、法定更新の場合であっても、期間満了後もなお継続して本件物件を賃借する場合、更新料の支払義務がある旨や更新契約書に記載のない事項については原契約のとおりとする旨が記載されており、賃貸人及び賃借人は、本件合意更新において、本件更新事務手数料条項の支払義務に関する合意内容を含め、本件更新料等条項の内容を引き継ぐ旨を明示的に合意している。
このように、本件賃貸借契約及び本件合意更新は、更新料及び更新事務手数料の支払義務が法定更新の場合においても生じる旨が一義的かつ具体的に規定された書面を取り交わすことにより締結されたといえる。
イ 次に、本件更新料等条項により賃借人が支払義務を負う更新料及び更新事務手数料の額及びその約定の遅延損害金の割合については、いずれも、本件賃貸借契約の賃料額や賃貸借契約が更新される期間(本件合意更新においては、契約期間が2年間更新されている。)に照らして高額に過ぎるという事情は認められない。
ウ 上記の各事情を総合考慮すると、本件更新事務手数料条項は、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないし、暴利行為にも該当しないと解するのが相当である。
したがって、賃借人は、賃貸人に対し、本件法定更新に際し、本件更新事務手数料条項に基づき、約定遅延損害金も含め、更新事務手数料の支払義務を負うといえる。
エ 賃借人は、本件賃貸借契約における更新事務手数料(本件更新事務手数料)について、法定更新の場合、いかなる事務について生じる費用であるかが不明であるから、本件更新事務手数料の請求は認められないなどと主張する。
しかしながら、本件更新事務手数料は、法定更新の場合においても契約の更新に伴って一定の事務手続が発生し得ることを前提として、契約更新に伴う手数料として支払われるものであると考えられ、また、本件更新事務手数料は、上記の契約更新に伴う手数料としての性質に加え、賃料の補充や権利金の補充あるいは更新承諾の対価等の性質も複合的に有するものと解される。上記の本件更新事務手数料の性質にも照らすと、賃借人は、法定更新の場合においても、賃貸人が契約更新に伴って一定の事務作業を現に行ったかにかかわらず、賃貸人に対して本件更新事務手数料を支払う義務を負うと解するのが相当であり、賃借人の上記主張は採用できない。
【※1】 消費者契約法10条
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第十条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
【※2】最高裁平成23年7月15日判決(出典:ウエストロー・ジャパン)
(更新料条項に関する裁判所の判断)
(1)更新料は、期間が満了し、賃貸借契約を更新する際に、賃借人と賃貸人との間で授受される金員である。これがいかなる性質を有するかは、賃貸借契約成立前後の当事者双方の事情、更新料条項が成立するに至った経緯その他諸般の事情を総合考量し、具体的事実関係に即して判断されるべきであるが(最高裁昭和58年(オ)第1289号同59年4月20日第二小法廷判決・民集38巻6号610頁参照)、更新料は、賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり、その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると、更新料は、一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。
(2)そこで、更新料条項が、消費者契約法10条により無効とされるか否かについて検討する。
ア 消費者契約法10条は、消費者契約の条項を無効とする要件として、当該条項が、民法等の法律の公の秩序に関しない規定、すなわち任意規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重するものであることを定めるところ、ここにいう任意規定には、明文の規定のみならず、一般的な法理等も含まれると解するのが相当である。そして、賃貸借契約は、賃貸人が物件を賃借人に使用させることを約し、賃借人がこれに対して賃料を支払うことを約することによって効力を生ずる(民法601条)のであるから、更新料条項は、一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるというべきである。
イ また、消費者契約法10条は、消費者契約の条項を無効とする要件として、当該条項が、民法1条2項に規定する基本原則、すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることをも定めるところ、当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは、消費者契約法の趣旨、目的(同法1条参照)に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。
更新料条項についてみると、更新料が、一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有することは、前記(1)に説示したとおりであり、更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。また、一定の地域において、期間満了の際、賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや、従前、裁判上の和解手続等においても、更新料条項は公序良俗に反するなどとして、これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると、更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され、賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に、賃借人と賃貸人との間に、更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について、看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。
そうすると、賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。
(3)これを本件についてみると、前記認定事実によれば、本件条項は本件契約書に一義的かつ明確に記載されているところ、その内容は、更新料の額を賃料の2か月分とし、本件賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって、上記特段の事情が存するとはいえず、これを消費者契約法10条により無効とすることはできない。また、これまで説示したところによれば、本件条項を、借地借家法30条にいう同法第3章第1節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものということもできない。
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