今回は、以下のようなご質問について検討します。
(前提)
当マンション(分譲マンション)の管理組合は、1号室の区分所有者Aさんに対し、管理費等請求訴訟を提起し、判決(債務名義)を得ましたが、その後もAさんからの支払は一切ありません。
(質問1)
上記判決後、Aさんが死亡し、1号室はYさんに相続されました。管理組合は、上記判決(債務名義)を流用して、Yさんの財産に対し、強制執行することはできますか。
(質問2)
上記判決後、Aさんは、Zさんに対し、1号室を譲渡(売買)しました。管理組合は、上記判決(債務名義)を流用して、Zさんの財産に対し、強制執行することはできますか。
■ はじめに
まず、判決などの債務名義(民事執行法22条)【※1】に表示された当事者が執行法上の当事者(債権者・債務者)になるのが原則です(民事執行法23条1項1号)【※2】が、それ以外の者が執行法上の債権者・債務者となることもあります。債務名義成立後(口頭弁論終結後)の承継人(民事執行法23条1項3号)【※2】がその例です。
もし、YさんやZさんが、民事執行法23条1項3号の「承継人」に該当するのであれば、既に得ている判決(債務名義)を流用して、承継執行文(民事執行法27条2項)【※3】の付与を受けて、YさんやZさんの財産に対して強制執行することが可能になります。
■ 質問1について
Yさんは、Aさんの相続人です。
相続人は、被相続人の権利及び義務を包括承継することから、債務名義に表示されている被相続人の義務も、そのまま(同一性を保ったまま)被相続人から相続人に移転的に承継されます。
そのため、相続人が民事執行法23条1項3号の「承継人」に該当することは争いがありません。
したがって、管理組合は、Aさんに対する判決(債務名義)に承継執行文の付与を受けて、Yさんの財産に対し強制執行することができるということになります。
■ 質問2について
AさんはZさんに1号室を譲渡しています。
つまり、Zさんは区分所有法8条【※4】が規定する「特定承継人」に該当します。
区分所有法8条が規定する特定承継人は、区分所有法7条1項【※5】に規定する債権について責任を負うことになります。
ただし、Aさんが管理組合に負っていた債務がZさんに移転したわけではなく、Aさんの債務とZさんの債務はその重なる範囲で併存する(重畳的債務になる)ことになります。
問題は、このようなZさんが、民事執行法23条1項3号に規定する「承継人」に該当するかどうか(承継執行文の付与を受けることができるかどうか)です。
この点については肯定説と否定説があり得ますが、私見は「否定」です。
たしかに、私の経験上も、承継執行文の付与を受けたことはあります。
しかし、もともとZさんの債務は区分所有法8条の規定に基づいて発生したものであって、Aさんの債務がZさんに移転的に承継されたものではありません。Aさんの債務はAさんの元に存在している状態ですから、Zさんを民事執行法23条1項3号の「承継人」に該当するとみるのは無理があるように思われます。
したがって、私見としては、下記参照サイトの「発展的問題(執行力の拡張)」の部分の見解を改めて、否定説の立場に立ち、Aさんに対する判決を流用して、Zさんの財産に対する強制執行はできない(承継執行文の付与を受けることはできない)と考えます。
参考サイト
ちなみに、否定説の立場に立っても、Zさんに対する管理費等請求訴訟を提起して判決(債務名義)を取得し、Zさんの財産に対して強制執行することは可能ですし、また、Zさんが所有している1号室について区分所有法7条1項に規定する先取特権を実行することも可能ですから、実務上、特に問題はありません。
【※1】 民事執行法22条
(債務名義)
第二十二条 強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一 確定判決
二 仮執行の宣言を付した判決
三 抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては、確定したものに限る。)
三の二 仮執行の宣言を付した損害賠償命令
三の三 仮執行の宣言を付した届出債権支払命令
四 仮執行の宣言を付した支払督促
四の二 訴訟費用、和解の費用若しくは非訟事件(他の法令の規定により非訟事件手続法(平成二十三年法律第五十一号)の規定を準用することとされる事件を含む。)、家事事件若しくは国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(平成二十五年法律第四十八号)第二十九条に規定する子の返還に関する事件の手続の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分又は第四十二条第四項に規定する執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(後者の処分にあつては、確定したものに限る。)
五 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
六 確定した執行判決のある外国裁判所の判決(家事事件における裁判を含む。第二十四条において同じ。)
六の二 確定した執行決定のある仲裁判断
七 確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)
【※2】 民事執行法23条
(強制執行をすることができる者の範囲)
第二十三条 執行証書以外の債務名義による強制執行は、次に掲げる者に対し、又はその者のためにすることができる。
一 債務名義に表示された当事者
二 債務名義に表示された当事者が他人のために当事者となつた場合のその他人
三 前二号に掲げる者の債務名義成立後の承継人(前条第一号、第二号又は第六号に掲げる債務名義にあつては口頭弁論終結後の承継人、同条第三号の二に掲げる債務名義又は同条第七号に掲げる債務名義のうち損害賠償命令に係るものにあつては審理終結後の承継人)
2 執行証書による強制執行は、執行証書に表示された当事者又は執行証書作成後のその承継人に対し、若しくはこれらの者のためにすることができる。
3 第一項に規定する債務名義による強制執行は、同項各号に掲げる者のために請求の目的物を所持する者に対しても、することができる。
【※3】 民事執行法27条
第二十七条 請求が債権者の証明すべき事実の到来に係る場合においては、執行文は、債権者がその事実の到来したことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる。
2 債務名義に表示された当事者以外の者を債権者又は債務者とする執行文は、その者に対し、又はその者のために強制執行をすることができることが裁判所書記官若しくは公証人に明白であるとき、又は債権者がそのことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる。
3 執行文は、債務名義について次に掲げる事由のいずれかがあり、かつ、当該債務名義に基づく不動産の引渡し又は明渡しの強制執行をする前に当該不動産を占有する者を特定することを困難とする特別の事情がある場合において、債権者がこれらを証する文書を提出したときに限り、債務者を特定しないで、付与することができる。
一 債務名義が不動産の引渡し又は明渡しの請求権を表示したものであり、これを本案とする占有移転禁止の仮処分命令(民事保全法(平成元年法律第九十一号)第二十五条の二第一項に規定する占有移転禁止の仮処分命令をいう。)が執行され、かつ、同法第六十二条第一項の規定により当該不動産を占有する者に対して当該債務名義に基づく引渡し又は明渡しの強制執行をすることができるものであること。
二 債務名義が強制競売の手続(担保権の実行としての競売の手続を含む。以下この号において同じ。)における第八十三条第一項本文(第百八十八条において準用する場合を含む。)の規定による命令(以下「引渡命令」という。)であり、当該強制競売の手続において当該引渡命令の引渡義務者に対し次のイからハまでのいずれかの保全処分及び公示保全処分(第五十五条第一項に規定する公示保全処分をいう。以下この項において同じ。)が執行され、かつ、第八十三条の二第一項(第百八十七条第五項又は第百八十八条において準用する場合を含む。)の規定により当該不動産を占有する者に対して当該引渡命令に基づく引渡しの強制執行をすることができるものであること。
イ 第五十五条第一項第三号(第百八十八条において準用する場合を含む。)に掲げる保全処分及び公示保全処分
ロ 第七十七条第一項第三号(第百八十八条において準用する場合を含む。)に掲げる保全処分及び公示保全処分
ハ 第百八十七条第一項に規定する保全処分又は公示保全処分(第五十五条第一項第三号に掲げるものに限る。)
4 前項の執行文の付された債務名義の正本に基づく強制執行は、当該執行文の付与の日から四週間を経過する前であつて、当該強制執行において不動産の占有を解く際にその占有者を特定することができる場合に限り、することができる。
5 第三項の規定により付与された執行文については、前項の規定により当該執行文の付された債務名義の正本に基づく強制執行がされたときは、当該強制執行によつて当該不動産の占有を解かれた者が、債務者となる。
【※4】 区分所有法8条
(特定承継人の責任)
第八条 前条第一項に規定する債権は、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる。
【※5】 区分所有法7条
(先取特権)
第七条 区分所有者は、共用部分、建物の敷地若しくは共用部分以外の建物の附属施設につき他の区分所有者に対して有する債権又は規約若しくは集会の決議に基づき他の区分所有者に対して有する債権について、債務者の区分所有権(共用部分に関する権利及び敷地利用権を含む。)及び建物に備え付けた動産の上に先取特権を有する。管理者又は管理組合法人がその職務又は業務を行うにつき区分所有者に対して有する債権についても、同様とする。
2 前項の先取特権は、優先権の順位及び効力については、共益費用の先取特権とみなす。
3 民法(明治二十九年法律第八十九号)第三百十九条の規定は、第一項の先取特権に準用する。
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