top of page
  • @lawyer.hiramatsu

パワハラ:民事訴訟における無断録音(秘密録音)の証拠能力

 今回は、以下のような質問について検討します。

 私(X)は、Z社の会社員ですが、日常的に上司(Y)からパワハラを受けています。Z社のハラスメント相談窓口に相談しましたが、上司(Y)からのパワハラは止みません。
 今後のことを考えて、パワハラの音声を録音したいと考えていますが、無断録音(秘密録音)も裁判(民事訴訟)の証拠になりますか。

■ はじめに


 Xさんとしては、Yさんによるパワハラの事実を立証するために無断録音(秘密録音)の音声データが記録された媒体を裁判所に提出し(民事訴訟法231条【※1】、民事訴訟規則149条1項【※2】)、裁判所(裁判官)にYのパワハラの事実を認定してほしい(民事訴訟法247条【※3】)ところでしょう。


 【※1】民事訴訟法231条

(文書に準ずる物件への準用)
第231条 この節の規定は、図面、写真、録音テープ、ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で文書でないものについて準用する。

 【※2】民事訴訟規則149条

(録音テープ等の内容を説明した書面の提出等)
第149条 録音テープ等の証拠調べの申出をした当事者は、裁判所又は相手方の求めがあるときは、当該録音テープ等の内容を説明した書面(当該録音テープ等を反訳した書面を含む。)を提出しなければならない。
2 前項の当事者は、同項の書面について直送をしなければならない。
3 相手方は、第1項の書面における説明の内容について意見があるときは、意見を記載した書面を裁判所に提出しなければならない。

 【※3】民事訴訟法247条

(自由心証主義)
第247条 裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。

■ 「証拠能力」、「証拠」、「証拠方法」、「証明力・証拠力・証拠価値」、「自由心証主義」


 一定の資料を事実認定のために用いることができる資格のことを「証拠能力」といいます。

事実認定の基礎となる資料のことを「証拠」といい、証拠調べの対象となる有形物(文書・準文書、証人、当事者本人、検証物、鑑定人)を「証拠方法」といいます。

 証拠資料が裁判官の心証形成に与える影響力のことを「証明力」とか「証拠力」または「証拠価値」といいます。

 なお、証明力・証拠力・証拠価値の評価に関しては、裁判官の自由心証に委ねられています(自由心証主義)【※3】。

 

 民事訴訟においては、裁判官の自由心証主義(民事訴訟法247条)の下、証拠能力を制限する規定はありません。

 もちろん、証拠能力の問題と証明力(証拠力・証拠価値)の問題は別の問題ですから、証拠能力が認められるとしても、証明力(証拠力・証拠価値)が低く、結果として要証事実が認定されないこともあります。


 今回のご質問は「証拠能力」に関するものでしょう。この点について検討します。


■ 検討(「証拠能力」の原則・例外)


 前述したように、民事訴訟において証拠能力を制限する規定はありませんので、無断録音(秘密録音)に関しても、原則として証拠能力は認められます。

 ただし、無断録音(秘密録音)について無制限に証拠能力が認められるとすれば、違法な証拠収集が横行し、訴訟手続の公正さを害しかねません。

 そこで、違法収集証拠に関しては証拠能力が否定される場合があります。

 では、いかなる場合に証拠能力が否定されるでしょうか。

 この点に関しては、東京高裁平成28年5月19日判決が示した基準【※4】や、東京高裁昭和52年7月15日判決が示した基準【※5】が参考になります。


 【※4】東京高裁平成28年5月19日判決(ウエストロージャパン2016WLJPCA05196004)より

「そこで、検討するに、民事訴訟法は、自由心証主義を採用し(247条)、一般的に証拠能力を制限する規定を設けていないことからすれば、違法収集証拠であっても、それだけで直ちに証拠能力が否定されることはないというべきである。しかしながら、いかなる違法収集証拠もその証拠能力を否定されることはないとすると、私人による違法行為を助長し、法秩序の維持を目的とする裁判制度の趣旨に悖る結果ともなりかねないのであり、民事訴訟における公正性の要請、当事者の信義誠実義務に照らすと、当該証拠の収集の方法及び態様、違法な証拠収集によって侵害される権利利益の要保護性、当該証拠の訴訟における証拠としての重要性等の諸般の事情を総合考慮し、当該証拠を採用することが訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に反するといえる場合には、例外として、当該違法収集証拠の証拠能力が否定されると解するのが相当である。」

 【※5】東京高裁昭和52年7月15日判決(ウエストロージャパン1977WLJPCA07150002)より

「ところで民事訴訟法は、いわゆる証拠能力に関しては何ら規定するところがなく、当事者が挙証の用に供する証拠は、一般的に証拠価値はともかく、その証拠能力はこれを肯定すべきものと解すべきことはいうまでもないところであるが、その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によつて採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ないものというべきである。そして話者の同意なくしてなされた録音テープは、通常話者の一般的人格権の侵害となり得ることは明らかであるから、その証拠能力の適否の判定に当つては、その録音の手段方法が著しく反社会的と認められるか否かを基準とすべきものと解するのが相当であり、これを本件についてみるに、右録音は、酒席における石上らの発言供述を、単に同人ら不知の間に録取したものであるにとどまり、いまだ同人らの人格権を著しく反社会的な手段方法で侵害したものということはできないから、右録音テープは、証拠能力を有するものと認めるべきである。」

■ 結論


 ご質問のケースについてみると、Xさんは、職場におけるYからXさんに対する発言を、Yに無断で録音しているにすぎませんので、その録音の手段方法が著しく反社会的とまでは認めらません。

 また、当該証拠の収集の方法及び態様、Yの権利利益の要保護性、当該証拠の訴訟における証拠としての重要性等の諸般の事情を総合考慮してみても、当該証拠を採用することが訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)【※6】に反するとまではいえません。

 したがって、Xさんによる無断録音(秘密録音)について証拠能力が否定される理由はなく、結論として当該証拠の証拠能力は認められると考えます。


 【※6】民事訴訟法2条

(裁判所及び当事者の責務)
第2条 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。

bottom of page